インドネシアでは、宗教が大事で、以前はインドネシア人の身分証明書(KTP: Kartu Tanda Penduduk)の宗教欄に、各人の宗教が記載されていました。もっとも、2014年以降は、空欄にすることも認められるようになりました。
KTPは、インドネシアでの身分証明書として一般的なものなのですが、これが厄介です。
公的書類(カード)であるにも関わらず、故意か過失か分かりませんが、誤記がちらほらみられるのです。ですので、KTPを確認したからといって、文字通り信じるのには、リスクがあります。。。
私が聞いた例でいえば、KTPの職業欄に「州知事」と記載のある者(事実、州知事ではないのにも関わらず)もいたようです。これくらい分かりやすい誤記なら、気づけますが、細かい点だと気づかない可能性もありますよね。
また、KTP以外でいえば、運転免許証にも注意が必要です。
インドネシアでは、17歳から自動車の免許がとれるのですが、15歳、16歳の若者が年齢を17歳と偽って、自動車免許を取得する例が結構あるように思います。
私の知人でも、年齢を偽って運転免許証を取得していた者が数名いますし、実際に、その運転免許証を確認したら生年月日がデタラメに記載されていました。
これが、実態ですので、注意が必要ですね。
以下は、2015年11月19日付けブログ記事の移管です。
P.S.写真は、東ヌサ・トゥンガラ州、コモド島付近で撮影したものです。
宗教
11月に入ってから、急に雨季を感じるようになりました。
空色が変わってきたかと思うと、雷とともに激しい雨が降り始めることを何度か体験しました。雨宿りで時間をつぶすということは、普通にあります。
さて、インドネシアに来てから、日本との大きな違いを感じていることの一つに宗教があります。
これは、日本では仏教徒、インドネシアではイスラム教徒が多いということだけではありません。
確かに、インドネシア人の約9割はイスラム教徒で、街では多くのモスクが見られ、礼拝時間にアザーンが流れたり、友人が徐に絨毯を引き出してお祈りを始めたりすることは日本にいると体験できないことでしょう。
たまに夜中の3時頃に、モスクから大音量で説法のようなものが流れてくるのに、当初は悩まされ、睡眠不足になりました。
このような日常生活レベルの違いも面白いのですが、信教の自由に対する捉え方の違いも興味深いです。
日本では、憲法20条で、信教の自由が保障されており、その内容として「信仰を告白しない自由」も保障されています。
他方、インドネシアにおいても、憲法28条E(1)で、信教の自由は保障されていますが、「信仰を告白しない自由」は保障されていないようです。
というのも、インドネシアでは、インドネシア人のみならず外国人も、自己の宗教を指定6宗教から選んで、国家に登録することが求められるからです。
指定宗教とは、イスラム、カトリック、プロテスタント、ヒンドゥー教、仏教、儒教です。
私も、KITASや住民登録の申請、銀行口座の開設等の際に、信仰の告白を求められ、インドネシアには信仰告白の自由がないのだと実感しました。
また、宗教によっては、適用される法律や管轄裁判所が異なります。
イスラム教徒の婚姻、離婚、相続、およびシャーリア金融などに関してはイスラム法に則り宗教裁判所で裁判が行われます。
このように宗教の違いが、適用法や管轄裁判所の違いを生じさせることから、国家として、正確に各人の宗教を把握する必要性は高いのかなと思いました。
弁護士 味村祐作
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