2019年5月5日の適時開示によると、丸紅株式会社 (以下「丸紅」といいます。) は、インドネシアの企業グループであるシュガーグループ(合計5社)から、同年4月30日に、信用棄損等を理由に77億5千万ドル(約8600億円)の損害賠償を求める訴訟(反訴)を提起されたとのことです。
当該訴訟は、2017年4月に中央ジャカルタ地方裁判所で、丸紅がシュガーグループに対して、信用棄損等の損害賠償を求めて提起した16億ドル(約1800億円)の損害賠償訴訟における反訴との位置付けになります。
なお、上記訴訟とは別に、丸紅(その関連会社を含みます。)とシュガーグループとの間には、インドネシアでの砂糖プラント建設費用に関する債権回収を巡って、2007年頃から、複数の別件訴訟が係属しています(確定済みであるものの、丸紅側が再審請求中)。
上記の信用棄損等に基づく損賠請求訴訟において、丸紅の本訴訴額は約1800億円であり、またシュガーグループの反訴訴額は約8600億円と、いずれも、異常に高額である点に、驚かれたのではないでしょうか。
実際に被った損害額が大きいため、損害賠償請求訴訟での請求額が高額となることは仕方のないことですが、インドネシアにおいては、以下のとおり、日本とは異なる特殊事情があります。
1.異常に高額な無体損害(Kerugian Immaterial)が、インドネシアの裁判所で認められることがある。
無体損害とは、名誉棄損などで精神的苦痛を受けた場合の損害を意味します。慰謝料のようなイメージに近いかと思います。
他方で、商品や建物・什器が損傷したなど、実際に被った損害(財産的損害)は、実体損害といわれます。
無体損害についていえば、精神的な苦痛を金銭的に評価することは、難しいと思われるのではないでしょうか。
同じ出来事でも、人によって感じる苦痛の程度は異なるため、金銭的評価も変わってくるのではないかという疑問があります。
日本の裁判実務では、精神的損害・慰謝料について、一定の相場があり、ある程度類型的に算定されています。裁判所や弁護士間でも、かかる相場は共有されているので、それを基準に交渉、裁判等を行うことになります。したがって、日本では、精神的損害・慰謝料が、予想外・異常なまでに高額になるということは、まずありません。
しかし、インドネシアでは、(多いわけではありませんが)時に、数百億円レベルの異常なまでに高額な無体損害が裁判所で認められることがあります。
かかる高額な無体損害が認容される背景に、裁判官の汚職があるかどうか定かではありませんが、その可能性は否定できません。
現にインドネシアの裁判官が収賄などの汚職で逮捕されるニュースは、頻繁に耳にします。5月4日のJakarta Postの記事でも、東カリマンタン州のバリクパパン地方裁判所の裁判官が、汚職で逮捕された旨が報じられています。
2.訴訟提起の手数料が一律
インドネシアでの裁判における訴訟が巨額になる理由としては、訴訟提起に係る手数料が一律であることもあげられると思います。
日本では、裁判所に手数料として納める印紙代は、訴額(裁判で請求する額)に比例して高くなります(手数料額早見表参照)。したがって、仮に請求が認められる可能性が低い場合などには、印紙代をおさえる目的で、全損害のうち一部に限って一部請求訴訟を提起し、いかなる判決が出るか様子をみることもあります。
インドネシアでは、訴額に関わりなく、手数料は一律なので、訴額を下げるインセンティブがありません。
また、訴額を高くしないと、裁判官が真剣に取り扱ってくれないとのインドネシア人弁護士の意見を聞いたこともあります。インパクトを与える意味でも、訴額を高額にするインセンティブが働く仕組みになっています。
丸紅とシュガーグループとの一連の訴訟をみても、訴額がどんどん高額になっていることが分かります。
以上のとおり、インドネシアの裁判では、無体損害を理由に異常なまでに高額な請求が認容されることがあり、また裁判手数料が一律であるため、裁判で高額な請求を求めることが容易になっているという事情があります。
丸紅とシュガーグループとの間で、数千億円規模の巨額訴訟が係属している背景には、インドネシア特有の事情があると思われます。
なお、上記は、公表済みの情報を基にした一般的なコメントであり、 個別事例への適用については一切の責任を負えません。個別の案件に関しては、別途ご相談ください。
P.S. 写真は、西カリマンタン州ポンティアック周辺のプランテーションを空から眺めた風景です。
弁護士 味村 祐作
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